5月17日(日)カウンターのカタルシス
こんにちはsatoです。今回の10000騒動(ひとりで勝手にさわいでいる)で、カウンターというものについてちょっと考えました。このカウンターがあることが、パーソナルなホームページを盛り上がらせているのは間違いのないところだと思います。素人が発表の場を持つということ自体、それ以前にはなかなかむずかしいことでしたが、カウンターの存在によって、その評価の「戻り」を得ることができるのは大きいですね。これがあるかないかでは、送り手の意気込みに相当の差が出るでしょう。しかし、一概に信用できるものでもない。と、いうのも確かで、気をつけなければならないのが、この数字が「延べ」であるということ。見ている人の幅の広さを知ることはできない。言っちゃえば自分で何度もリロードすることで数を増やすことはできるわけです。人気投票の「組織票」みたいなものですね。なんでこんなやつが人気があるのか?ってこと、よくあります。これと同様にホームページにも、なんでこんなのがすごい人気…?と、思うものが存在します。それは単純にそのひとに友達が多い。ということなのかもしれません。長く続けていると、このへんがすごく気になってきます。伝言板を設置して、すこしでも相手の顔を見ようとするのもそんなキモチのあらわれでしょう。アクセス数が多ければえらいわけではないし、ある程度の数を超えれば、あとはいくつでも同じ、とも言えます。ボク自身も、そんな気分になりつつありました。だけど今回、10000で、バカ騒ぎをして、ちょっと考えが変わりました。このイベント(?)で、これまで見に来てくれていて顔を見せてくれなかった人が、何人か名乗りをあげてくれました。(そんな大げさなことではないが…)それが妙にうれしかったのです。ほんとのカタルシスは、「数字がふやすこと」じゃなくて、「その回数、誰かがわざわざ遊びに来てくれていること」にあるという当たり前のことに気がついた次第です。失礼しましたー


5月18日(月)食い物放浪記
こんにちはsatoです。やあ、みなさん。何喰ってます?暑くなってきたんで、そーめんですか?夏のはじめのそーめんはいいですね。夏だぞって感じがして。これが夏の終わりのそーめんになると、ああ、またか…になって。えっ、そんなに四六時中食べない?そーめんですか。(そーなんですかと言いたかった)「お食事ちゅーも好きーと言ってー」というサザンの歌がありましたねえ。え?知らない?そーめんですか・・・しつこい
ひやちゅーもいいですね。冷やし中華。ピカチューじゃないですよ。言っときますけど。ヒカシューでもないです。ボクはごまだれのが好きです。冷やし中華はお店によって、まったく愛情のこもっていない場合がままあって、あんなもんに差があるか、と思われがちですが、まずいとこはまずいですね。そばもいいですけど、夏はホントはそばは旬じゃないらしいですね。季節外れ。それでわざわざ南半球でそばの実をつくってる店もあるらしいですが、そこまでしなくても…ねえ。まあ、さっきも言いましたけど、暑くなってくると最初のうちは、食い物にもちょっと新鮮な感じがあっていいですよね。すぐあきますけど。会社勤めは、外食が多いので何喰うか、けっこう大変です。で、気がつくとおんなじものばっかり食べている。(喰うとこがないんだ。これが・・・)こまったもんです。(うなずく会社のヒト多分多数)
5月19日(火)
悪玉と善玉
こんにちはsatoです。映画2本見ました。ひとつは「セブン」というやつで、前に劇場で見ていますが、TVでやってたので、もう一回見ました。映像的にも、ストーリーの組み立てもすばらしい作品です。だけど、ダメなんですよねえ。これ。観た人はわかると思うんですが、徹底的に後味が悪い映画なのです。「そりゃないだろー。おいー」って終わり方をするのです。尻切れトンボとか、そんなんではなく、ちゃんとパーフェクトな終わり方なのですが、「絶望」な終わり方なのです。妻はそんなに感じない。って言ってたので、男だから、ということもあるのかもしれませんが、なんでお金払って気分悪くしてかえらなきゃいけないんだ。という気になってしまいます。
もう1本は「卓球温泉」という日本映画です。(現在公開中)これはShall we dance?のすおーかんとく(字わすれた)の助監のヒト(名前忘れた)が撮った映画です。こっちは徹底的に「善」な映画。さびれた温泉地を卓球で村おこしする。っていうはなしです。ストーリーにもキャスティングにも破綻がなくて都合が良すぎて、そういう意味ではなーんにもない映画です。でも、映画を見に行く。というキモチからすれば、なんにもないのがかえって心地よいのかもしれないと思いました。ストーリーに引っかけて言うわけではありませんが、なんにもない温泉地は、なんにもやることがないから気が安らぐ。お湯にだけつかっていたい。というのと同じ気持ちかもしれません。この映画ではひとつだけ、主演の松坂慶子さんがすごくいいです。太ってただのぽわ〜んとしたひとになってしまった(多分演技ではない)のですが、それがいい感じです。チカラ抜けてます。たぶんもともとそういうひとで、最近やっと地が出せるようになったのでは、と、思いました。これからいいかも。→CM業界のひとへ
ま、映画も個人個人好きなように観ればいいので、どっちがよくてどっちがわるいなんてーのはないんですけどね。どっちもいいんです。自分が観てたのしけりゃいい。あ、これあくまでも「批評」じゃないですからね。感想です。ひひょうはキライです。とくに広告の批評はだいっきらいだ。

5月20日(水)
真実に至る手前
こんにちはsatoです。日頃は「真実」のコーナーに投稿ありがとうございます。こういうコーナーを運営していると、日常生活でも、ついコトバの裏をさぐってしまう因果な毎日です。フツウに使っている言葉のなにげない「言い回し」が、ネタに昇華することが一番多いのですが、ひとつのコトバを自分でも気づかないウチにひっくり返したり、無意識にいじくっている自分に気づいてあせったりします。病気ですね。たとえばこの時期だと、「ころもがえ」・・・こもろがえ・・・こもろてつや・・・こむろそば・・・と、いうふうに、まあ、ほとんどは日の目を見ないのであります。これなんかは、舌がまわんなくて「こもろ」になってしまう、のが発端で、意外に子どものころよくわかんなくて、曖昧に記憶してしまい、未だに一瞬どっちだっけ…なんて思うことがあるわけです。「手持ちぶさた」か、「手持ちぶたさ」かも、よくわからなくなります。「ごぶさた〜」だから「ぶさた」だよな。なんてたどっていくので、正解が判明するまで相当時間がかかったりします。ウチの奥さんなんかは、未だに「エレベーター」と「エスカレーター」を、必ず逆に言います。何度言ってもダメです。最初にそう覚えてしまったのですね。同じようなことで、ワタシの場合は、「レフト」と「ライト」が、どっちが右だか左だかわかんなくなることがあります。そういうときは、野球場を思い描いて、「えーと、ライトはマツイだから…」と、記憶をたどるわけですが、バッターから見て、なのか、守備側から見て、なのかまたわかんなくなったりして…ホントに時間かかることこのうえないのです。またあ、バカにしてるけど、そういうことあるでしょ。

5月21日(木)歯磨きの方法論
こんにちはsatoです。日常的にやっているのに、ヒトとあんまり比べることのない行動がいくつかあります。例えばトイレの中の作法とか、当然他人と比べることはありませんから自分の方法が、一般的であるのか、ないのか、わかるすべもありません。そこまではいきませんが、歯磨きの方法というのも、あまり「やり方」について考えるヒトはいないような気がします。ここで言ってるのは、ローリング式とかバス式とか言う、ちゃんとした方法のことではなくて、どーんな感じでやるか。ってくらいのことです。先日うちの妻が歯を磨いているのを何気なく見たら、思いっきりカオを左右に振っていました。「おいおい。ふつう手の方を動かすだろー。カオ動かしてどーすんの」と、おもわずつっこみを入れたのですが、思わぬ猛反撃にあってしまいました。彼女は逆に、手だけを動かしているヒトなんていない。と言うのです。次の日、妻が大声で呼ぶので行ってみると、TVの中で、西田ひかるが歯を磨いていました。(CM)確かにカオを左右に振っています。ああ、そうなのか。と一応納得しました。でも、あいつのカオの振り方はすごかったんだよなあ。西田ひかるとは印象がだいぶん違ってましたけど、言いませんでした。(言えませんでした)

5月22日(金)
お風呂という空間
こんにちはsatoです。昨日の歯磨きの話から、風呂の中で歯を磨くヤツがいる。というご意見をいただきましたが、いますねえ。確かに…(香川のヒトは、風呂の中でうどんをたべるらしい・・・)特に旅館なんかに行くと、使い捨て歯ブラシなんかが常備してあったりして、磨いてくれと、言わんばかしです。もうここに来たからには、全部洗う。そんな意気込みがそうさせるのでしょうか。まあ、きれいにするのはいいことなので、いいんですけど、もう、これでもか。というくらいゴシゴシ磨くヒトがいますね。おいおい。歯茎がめくれるんじゃないの。ってくらい…そういうひとはカオだけじゃなく、全身が揺れています。ああいう公衆浴場ってだいだい座ってる人を後ろから見るカタチになりますから、パッと見には何をやっているのかはわからず、カラダだけが小刻みに揺れている。という、不思議な光景になります。ボクの友人が昔、銭湯で、座っている後ろ姿を見て友達だと思い、イスの下から手を回して○○をギュッとつかんだそうです。振り向いたカオは全く知らないヒト。しかもすごく怒っている。(あたりまえ)友人は思わず気が狂っているヒトのふりをしてその場をごまかしたそうです。→(でへへ〜っと笑った)おそろしい話ですね。

5月23日(土)
お風呂という空間2
こんにちはsatoです。子供の頃はいつも銭湯に通っていました。(貧乏で風呂がなかった)そのころは金沢に住んでいたので、冬はけっこう雪が降って、しっかり暖まっても帰り道が雪の中で、うちにつく頃には冷え切ってしまったものでした。掲示板でも、でてましたが、シャンプーして、流しているヤツのうしろから、またアタマにシャンプーをかける。っていういたずら、やってましたね。洗っても洗ってもアワが出てキリがないってやつ。今はめったに銭湯なんて行く機会はありませんが、キライじゃないです。広いお風呂は気持ちがいい。でもちょっと高いですよね。うちの風呂の楽しみ方としては、風呂内読書。ってーのがあります。家族からは評判悪いですけどね。これとトイレの中で新聞読むってーのは。ぬるめのお湯に長時間つかるっていうのは、カラダにもいいらしいですしね。しかし、これにもなかなかテクニックが必要で、いかに本をぬらさずに読むかが、かなりむずかしいです。専用のブックスタンドなんていうのもあるらしいですけど。長く入っていると、手だけはあたたまんないですから、変な感じになります。片方づつお湯につけて、乾いたタオルを横に置いておき、拭いて手を差し替える。なんて方法もとっています。きもちよーくなって眠ってしまったりすると大変。砂漠で暑さにジリジリするシーシーレモンのような夢を見たりします。ちょっと危険です。

5月24日(日)(ズに乗って)お風呂という空間3
こんにちはsatoです。銭湯話をひきつづき…
いまでこそ、お湯はぬるめのものにゆっくりと入るのがいい。なんて常識になってますけど、ちょっと前までは、そんなこと誰もいわなかったですよね。あつい方が暖まるに決まっている。なんのギモンも持たずそう思っておりました。子供の頃、銭湯に行くと、ふつうすっごく熱い湯船と、それほどでもないのと2種類あって、すっごく熱い方は、だいたい、がんこそうなおじいさんが、口をへの字にしながら入っていらっしゃったものでした。こども(わたし)がその熱い風呂にはいるのは、かなりのチャレンジで、そりゃあもう、めちゃくちゃ無理をしているんですけど、「おお、ぼーず。なかなかやるなあ」みたいなことをそのがんこなじいさんに言われたりすると、すごくうれしかったりして子供心に得意満面だった記憶があります。今思うと、こどもも、ましてやお年寄りにとって、まったく健康的ではないことをしていたわけですが、ま、そういうこととは違う次元で、「やせがまんの美学」みたいな、それほどかっこよいものではないかもしれませんが、そういうものがありました。多分男湯特有のものでしょうね。男はこどもも年寄りも、かわいいもんです。ボクはがんばりすぎて、湯あたりをしてへろへろになり、銭湯のおばさんに介抱してもらったという、輝かしい(はずかしい)戦歴も持っています。

5月25日(月)
事件
こんにちはsatoです。日曜の夜、子供が「たいへんだー」と言って呼びに来た。なにごとかと思い、かけつけてみると、TVではサザエさんをやっている。「なにが?」と聞くと「カツオの声がちがう」と言う。注意して聞いてみると、なるほど。カツオの声(声優さん)が変わっている。もともとの声に比べて、やさしい感じで、あの独特の臭み、というか、ガラガラ感がない。しかし、なんとなく言い回しの印象を変えないようにしよう。という努力が感じられる。(実際かなり似ている)
これはなかなかの事件である。もともとカツオの声を出していた声優さんはけっこう高齢だったような気がする。(名前が思い出せない。まただよ。もう… )たしか登場人物の中でも一番年上で60は越えていたはずだ。なんかあったのかなー、と、心配になってしまう。昔はいろいろなとこでお仕事されていたが、最近ではイコールカツオという感じで、ここまで来ると見ている方はそう簡単にはイメージをかえることはできない。声優って俳優よりさらに声が登場人物のキャラクターと一体化して見る側に刷り込まれているので、(声がもう絵の一部になっている)変えるのはたいへんなことである。どうしても、ニセモノ感を与えてしまう。そのキャラクターがちゃんとできあがっていればいるほど、そうである。しょうがなくて変えることも多くて、ルパン三世とか、刑事コロンボとか、前任者がなくなってしまうというケースも多い。(登場人物はあんまり歳をとらないからねえ)このへんは、イメージを大事にするあまり、声が似ている。もしくはものまね系で後任が決められた。むずかしいもんである。最近ではちびまるこちゃんのおじいさんの声もかわった。(これも前任者が亡くなられた)新しくカツオ役をひきうけられた方も、かなりプレッシャー受けてるのではないかと思う。収録のときなんかは、転校生みたいなかんじだろーな。多分。たいへんだと思うけど、がんばってください。実は、マスオさんの声も、ワカメの声も2代目なんだよね。しかし、なんだカンだいっても、いつのまにか慣れてしまうもんです。

5月26日(火)
イグアナ
こんにちはsatoです。うわー、そりゃないでしょ。と、思いましたよ。
見ました?ハリウッド版ゴジラ(GODZILLA)の写真。かっこわり〜・・・(涙)映画見に行くたびに予告編で「足」とか、「目」とか、だけ見せて、なかなかに期待させる構造だっただけに、なおのこと悲しい・・・期待してね期待してね…バーン!どう考えたって自信たっぷりの行動ですよね。うーん・・・やっぱりやつら(アメリカン)は、日本のココロというものを、わかっとらん。確かにもとは恐竜なのかもしれんが、ゴジラは恐竜ではないのです。あれじゃあ、イグアナだよ。東宝は、どうして OKしたんですかね。肖像権というものを、もっと振りかざしてもいいんではないですか?円谷英二さんは泣いているぞ。すごいスピードで走ろうが、SFXがすごかろうが、ジャンレノが出てよーが、やっぱりキャラクターが一番大切でしょーが。日本映画界の唯一といっていい財産なんだから、大事にしてほしいもんです。感覚の違いなんですかね。アメコミのゴジラもかっこわるかったから、心配はしていたんですが・・・だいたい「ゴジラ」の名前の由来が「ゴリラ」+「クジラ」だってこと知ってるんでしょうか?力強さがないんだよー(と泣き崩れる)

5月27日(水)
メイド・イン・ジャパン
こんにちはsatoです。海外なんか行ったりすると、思わぬところで日本製に出会ったりします。自慢じゃないけど英語はぜんぜんなので、TV見ててもなんにもわかんない。そこでチャンネルピコピコやってると、必ず見つかるのが日本製アニメ。(午前中ですね)前行ったときはマッハGOGOGOをやってたな。SPEED RACERというタイトルになっていた。アニメじゃないけどジュウレンジャーもやってた。これはパワーレンジャーという名前になっていてかなり改ざんされていた。戦闘シーン以外は作りなおしていた。なめられとんなーこれはすごく大人気だったので有名ですね。そういえばゴジラも1作目、アメリカで公開するときには出てなかったアメリカ人を主役にして撮り足してたらしい。あと、よく見るのはドラえもんと、ハイジとかの名作シリーズ。海の向こうでのび太の畳の部屋をみると妙に安心する。もちろん吹き替えてるので変な感じですけどね。

5月28日(木)
のび太
こんにちはsatoです。藤子不二夫さんの(とくに藤本さん)マンガは子供の頃から大好きで、アニメもよく見ていました。オバQとかパーマンとか怪物くんとか、もちろんドラえもんも好きです。しかしひとつだけ。「のび太」がキライ。
のび太おまえちょっとヒトに頼りすぎるんじゃないの?「虎の威を借る狐」ってことわざ、知ってますか?自分にチカラがないことは、ぜんぜん悪いことじゃないのに、妙に卑下して、ドラえもんのチカラを借りてストレスを解消しようとしている。性格がわるすぎ。親の金で買ったラジコンを自慢しているスネ夫と本質的になんにもかわらない。ドラえもんもドラえもんだ。のび太がダメだからあんたは22世紀からわざわざ来てるんでしょうが。ただ助けてばっかりいて、あれじゃあ、なんの解決にもならない。他人に頼る性格をどんどん助長しているだけ。それが証拠にもう10年以上たつのに、いっこうに状況はよくならない。(笑)あの番組はほんとに子供に夢をあたえているんだろーか。ラクしてもうけたいという人間を育ててるような気もする。あれを現実の世界に置き換えたら、やたらと欲しいものを買ってくれるおじさんが二階にすんでるようなもんだ。いじめられっこがのび太を自分と重ねて元気が出るのだろーか。ないものねだりするより、自分で解決するキモチになったほーがいいと思うが・・・「どこでもドア」や「タケコプター」は確かにほしいけど、ちょっとは自分の足で歩いた方がいいんじゃないの?バイトして自転車でも買いなさい。TV見るたびに不快でしょうがないのはオレだけなんだろーか?だれもそういうふうに思わないですか?なにを怒ってるんだオレは?なんだかよくわかんなくなってきた・・・

5月29日(金)
蒐集家(コレクター)
こんにちはsatoです。いま、白石一郎というヒトの、「十時半睡事件帳」という時代小説を読んでいるのですが、そのなかに、コレクターの話がでてきます。時代劇なので、集めているのがカタナの鍔(つば)なのですが、これがおもしろい。結局、コレクションというものは、そのものが持つ本来の用途からだんだんはずれていくもので、この小説の中でもその蒐集家は、自分の欲しい鍔を手に入れるために家宝のカタナを手放したりします。カタナがなくて鍔を集めてどーすんの。ってかんじなのですが、コレクターって多かれ少なかれみんなそうだよね。クルマそんなに集めていっぺんに乗れるのは一台でしょ。とか、高い焼きものは割るといけないから、使わない。とか、目的がそのものの「よさ」から「集めること」。もっと言えば「集めている自分っていいよねー」・・ってことになってしまう傾向があります。もちろん、それだけじゃないですよ。時計の美しさに魅せられて、本当に美しい時計を追い求める。そして、美しさはすぐれた機能に裏打ちされていることに気づく。なーんてすごくステキだと思います。でーも、みんながそうかって言えばね。
ぼくの友人が一時ステレオにこって、うーん、やっぱりこっちの音の方がいいな。なんてはまりこんでいたら、ある日、自分が「曲」じゃなくて、「音」だけを聞いていたことに気づいたんだって。それでもう、こだわることをやめたそうです。
ぼくは彼の判断が正解だと思います。

5月31日(日)いねむりと、その対策(その1)
こんにちはsatoです。仕事がいそがしいと、慢性的な寝不足になります。そうなると、眠気は定期的に訪れ、一日中が眠気との闘いになります。とくにヤバいのが、会議。これってたいがい昼飯後にあるので、そりゃもう闘いです。先輩に、かなり激しい闘いのくり返しで人生を送ってきた方がいらっしゃいます。彼は会議で眠らないために、ガムを噛み、まぶたにメンソレータムを塗り、吸えないタバコを吸い、時には鉛筆をひざに突き立て(おいおい…)そして、ある日、眠らないためのたばこが、吸っている最中にポロッと手から落ちて、すべてをやめたそうです。(吸いながら眠っていた・・・)そして彼は考え方をガラッと変えました。「眠らないようにする」ことをやめたのです。そして、あみだしたのが、「眠ってもだいじょうぶにする」ワザ。どんなワザ?・・・って、誰にでもできることではないのですが、1)眠るときは一瞬にして眠る。(うつらうつらではない。あ、もう寝ている)2)一瞬にして起きる。これがすごい。何事もなかったかのように、今まで寝ていたのに  会話の途中から参加するのです。3)こいつはそういうやつなので、しょうがない。という印象を植え付ける。1と2のワザによって、まわりを感心させ、今や誰も怒る人はいない。一般人にここまでの境地に達するのはとても不可能でしょう。しかし、プレゼンの途中でも寝られるというのは、もはや「人間の大きさ」以外のなにものでもない。と思われます。尊敬してますよ。イトウさん・・・

5月になって、ますます文章が長くなっています。短くピリッとまとめることが理想なのですが、分かりにくい話になるとついつい補足説明が多くなってしまう。これが原因です。あと、掲示板に感想が寄せられると、うれしくなって続きを書くみたいです。DMを下さる方もいらっしゃいます。うれしい限りです。うけてるのかどーなのか?いまのところ知る手段はそれしかないので、(本人は不安でしょうがない)これからも感想など遠慮なくお願いします。


…と、いうわけで、また来月